久ぶりにウィザードリィをやりたくなったので、五つの試練を買ってみた。シナリオ5本がセットになっているうえ、ユーザーシナリオをダウンロードして遊べるということで、これからはもうウィザードリィを買わずに済むだろう。
さて、ウィザードリィをプレイするうえで悩ましいのがパーティ編成だ。どういう編成がいいのかは誰しもが悩むところだと思う。
特に、全滅してもリセットしないノーリセットプレイの場合には、よく考えて編成しないと大変なことになる。
というわけで今回は、ウィザードリィの編成について語ってみる。
久ぶりにウィザードリィをやりたくなったので、五つの試練を買ってみた。シナリオ5本がセットになっているうえ、ユーザーシナリオをダウンロードして遊べるということで、これからはもうウィザードリィを買わずに済むだろう。
さて、ウィザードリィをプレイするうえで悩ましいのがパーティ編成だ。どういう編成がいいのかは誰しもが悩むところだと思う。
特に、全滅してもリセットしないノーリセットプレイの場合には、よく考えて編成しないと大変なことになる。
というわけで今回は、ウィザードリィの編成について語ってみる。
あまりにも多くの場面で性善説という言葉の意味が誤解されているので、軽く説明しておこう。無人販売所で盗難が少ないことを「性善説」に期待している、なんて言ったりするが、それは性善説とは何の関係もない。
性善説というのは、「人は生まれたときは善良だ」という考え方のことを言う。しかし、成長するに従い、社会の中で汚れていく。
性悪説というのは、「人は生まれたときは弱い」という考え方のことを言う。弱いからこそ欲に負けて不正に手を出したりもしてしまう。成長し、教育を受けるにしたがって、善悪の判断ができるようになり、正しい道を歩けるようになる。
不正を犯してもばれない、罰を受けずに済む場面でも不正を犯さずにいられる人がいるとして、その人が「生まれながらに善良だったから」なのか「教育によって善良さを身に着けたからなのか」までは判別できない。
無人販売所というシステムは、性善説であろうと性悪説であろうと成立する。
人々がそれについて性善説を持ち出してしまうのは、おそらく性善説という言葉の意味を「無条件に世間の人々を善良であると仮定する考え方」と解釈しているからだろう。性悪説は「無条件に世間の人々を邪悪であると仮定する考え方」のことを指すとでも思っているのではないか。
最近模倣犯が話題になっている。スシローでの迷惑動画に続き、カレー屋やらカラオケボックスやらでの迷惑行動が報道されている。
本日、山口県で落書きが見つかったが模倣犯を警戒してあえて発表しなかった、という記事を読んだ。
私は昔から不思議だった。なぜ模倣するのか? だって、模倣なんかするまでもなく、そういう行為が迷惑行為だということはわかるだろう? ならば誰かがそれを行うまで待たなくたって、それを行えばいいじゃないか(いや、だめだけど)。
以前からそれを行うことが可能だったにもかかわらず、話題になったとたん実行に移してしまう心理について語ってみよう。