2026年9月11日金曜日

政治・外交・軍事、それら難しいことについての私の思想

実は半年ほど前、ブログ機能をnoteに移そうとしたんだけど、見に来る人がほとんどいないので、こちらに戻ってきたという事情があったりする。

そのため、あちらに書いた記事をこちらにお引越しさせようと思う。とりあえずは、アメリカで戦略転換の話題が出たみたいなので、この記事を。これは今年2月、アメリカがイランを攻撃したときに書いたものです。


アメリカ・イスラエルによるイラン攻撃によって、外交情勢は緊迫し、日本国内でも外交・軍事についての様々な意見が飛び交っている。しかしながら、私と同種の意見を述べる者が一人もいないため、ここに私は自己の思想を表明しておくことにした。

なお、人によっては「芸能人は政治に口を出すな」とか「作家は作品だけ書いてろ」とか、「限られた人間しか政治思想を語るべきではない」と主張するようだが、私はそれには断固として反対しておく。

日本は民主主義国家であり、私は民主主義を支持するし、民主主義国家では万人が政治思想を持ち、それを表明し、意見を交わすべきであると信ずるからである。

1,イラン攻撃の正当性

今回のイラン攻撃を支持するかと言われれば、しない。明らかなる国際法違反である。

ここに対して、イラン政府の独裁的政治を非難し、悪い政治をしているのだから攻撃してよいという主張が見受けられる。

私はこれに全面的に反対する。最初に書いたように、私は民主主義者だが、すべての国が民主主義国家でなければならない、とまでは思わない。どのような国、どのような政治を望むかはその国が決めることであって、他国が押し付けるべきものではない。

独裁国家だから、我々の倫理観に照らして不正な国情にあるから攻撃してよいのだとすれば、究極的には「民主主義国家は、非民主主義国家に対して無条件に開戦事由を得る」ことになる。我ら民主義国家の民にとっては、民主的でない政治というだけでも不正だろう?

その国で人々が苦しんでいるから助けたいというのであれば、国際法に準じ、国際法が許すうえで協力を申し出、助力すべきであって、戦争を仕掛けて強制的に作り変えさせる、などということが許されてはならない。

これは、たとえそのような強制的措置をその国民が歓迎したとしても同様である。事後的にその国民が歓迎すれば許されるというのであれば、どのような戦争であれ、あとでなんとでも工作できるようになる。

2,国際法の価値

しかしながら、現代ではそもそも国際法の価値そのものが低下している。もはや国連には実行力が欠けていると見られている。それ故に、国際法違反そのものが「別にやっても構わないもの」とする人達がいる。

これに関しては、実はそれほど強く反対する気はない。それはそれで、一つの見立てだろう。すなわち、「法律などどうでもいい。力こそ全てである」という根源的主張を認める覚悟の上であれば、その人がイラン攻撃に正当性を認めることには反対しない、ということだ。

しかしこれは、同時にロシアによるウクライナ攻撃も、中国による台湾攻撃も同様に「好きなだけやっていい」と認める立場になる。アメリカはやっていいが、他はダメ、という主張は正当化出来ないことを覚悟しなければならない。

そして、私が国際法を守るべきだと考える論法も同じである。

ロシアの戦争も、中国の戦争も非難し、糾弾するためには、アメリカの戦争も非難しなければ筋が通らない。私はまだ、人間社会が国際法による調停を捨ててしまうには早い時期だと考えている。

3,日本の憲法改正

現在、高市内閣は自民党だけで316議席という圧倒的な安定多数を占めている。これを下に、憲法改正への動きも強まっている。

まず、「憲法を書き換える」という行為そのものについての私の評価だが、私は別に憲法といえどもただの法律に過ぎないので、必要に応じて適宜書き換えて良いと考えている。そういう意味では、私は強硬な護憲派ではない。

では、現在自民党が計画している憲法改正に賛成するかといえば、それは賛成しない。まず第一に、民主主義を支持する人間ならば、絶対に受け入れてはならない「緊急事態条項」がある。これだけは、いかなる理由があっても認めることは出来ない。

他の部分については、絶対に駄目とまでは言わない。私個人は国家が軍隊を持つことは至極普通のことなので、自衛隊とか国防軍を明記するにとどまらず、日本軍を持とうとすることにもさほど拒否感はない。

が、それでも現時点では反対する。

それは、私は今の日本人を信じていないからだ。軍隊などというものはだいたいどこの国にもあるので、持ったからと言って直ちにどうこうなるものではない。が、しかし、今の日本人に軍隊をもたせれば、きっと使おうとするだろう。

法律で固定残業代とはそういうものじゃないよ、労働者の定額使い放題プランじゃないよと書いてあっても、どう考えてもその使い方おかしいでしょと常識があったら分かりそうなものであっても、そういう使い方をするものが出てくるように、今の日本人は「法律が許したんだから使っていい」と判断するはずだ。

現代日本人の合理的精神に照らせば、憲法が国防軍の存在を容認した以上、それを最大限に活用するのは当たり前、という発想が出てくることは間違いないと見ている。抑止力としてもってるだけ、などという使い方をしてくれることには期待できない。

4,日本の核武装

私は日本の核武装には反対する。

まず先に前提条件として、「アメリカが日本の核武装を容認する」こととする。アメリカが反対している状態での核武装は、さすがに多分誰も主張しないと思うので。

日本は核戦争には勝てない国だ。核戦争に必要なのは国土面積である。日本は決して狭い国ではない。国土面積自体は割とある方だ。だが、平地が少ない。山国なので仕方ない。

ほんの数発の核ミサイルで、日本の国力は致命的な打撃を受けるだろう。再起不能なほどに。

つまり、日本は核を打てないのだ。打ったら負けだから。

それでも、「ヤケクソの反撃をする可能性を相手に警戒させることで、攻撃を思い止まらせることができる」という希望的目算もあるだろう。だが、日本がそんなやけくそになりそうな国には見えない。

また、戦争になれば核を使うはずだという前提がまかり通るなら、なぜロシアはまだ核を打たないのか? 他の国に打たれることを恐れてだと答えるだろう。ならば、戦争当事国(ここではウクライナや日本)が核を持っていなくても、相手は核は打たないと考えることはできることになる。

さて、しかしロシアや中国が先制核攻撃はしないとしても、ウクライナや日本が核を持っていれば、そちらが先制核攻撃をする可能性はあるじゃないかと、そのように考える人もいるだろう。

が、ない。もちろん、やけくそでそうする可能性は残されるが、合理的に考えればそれは出来ない。

なぜならば、先に打てば負けだからである。そして、先制核攻撃をしてしまった以上、それに対するカウンター核攻撃に対して各国の反応は冷ややかとなる。

カウンターで核弾頭を全部使い切ってくれるならともかく、そうでないなら、カウンター・カウンター核攻撃に対するさらなるカウンターを警戒して、各国は核攻撃を控えるだろう。「先に核を使用したのは相手側だ」という主張を受け入れて。

よって、被害側の戦争当事国が核を持っていたとしても、どのみち使えない。使った瞬間に負けが確定する。最後の嫌がらせにはなるかもしれないが、それだけである。

また、核の傘を利用することもできなくなる。

日本が自前の核兵器を保有した場合、アメリカに先制核攻撃を依頼することは不可能となる。「いや、お前もう自分の核あるんだから、どうしても核攻撃したいなら自分の使えよ」と言われるのが当然だからだ。

そして、すでに述べたように、日本が先に核を使えば日本は敗北であり、しかも日本が先制核攻撃をした以上、中国からのカウンター核攻撃に対して、アメリカは一定の配慮をすることになる。

以上から、日本が核武装をしようがしまいが、結局戦争は通常戦力で行うことになるのであり、中国からの先制核攻撃に対しては日米同盟に期待するほかはないことに変更はない。

ならば、わざわざ「唯一の被爆国」としての立場を捨て去って、使えもしない無駄な核兵器などを保有するよりも、外交カードとして利用したほうが国益に適う、というのが私の見立てである。

どうしても都市攻撃能力が欲しいのであれば、MOAB(的なもの)でも持てばいい。これならば核兵器ではないので、唯一の被爆国の立場を捨てることにはならない。

まぁ、どちらにしても都市攻撃合戦になったら勝てないので、やっぱりそういう戦い方自体をするべきではないと思うんだけれども。

5,台湾有事の可能性

私の予想が、いい方向に外れてくれることを願っていることを、最初にお断りしておく。私はここに書くことを願っているのではない。私の予想が外れ、永久にそのような戦争が勃発しないことを切に願っていることを勘違いしないでもらいたい。

もし本当に中国が台湾に攻め込むとしたら、2028年の半ば頃と予想している。

第一の理由は、その時点では中国軍の攻勢準備が整うことである。2027年には戦争の準備が整う予定とされているようだ。開戦可能な状態になっていることは間違いない。

第二の理由は、中国が戦争を起こすのは、アメリカとの全面衝突可能性が低い時期だろうと思うからだ。現在のアメリカ大統領はドナルド・トランプである。トランプの統治方針を見る限り、「アメリカファースト」という姿勢を見ても、アメリカの得にならなそうなことはしたがらない人間である。基本的な行動原理が近視眼的な損得勘定だ。

さて、もし本当に中国とアメリカが全面戦争になった場合、アメリカはどれほどの損害を受けるだろうか? 理性的な戦争に終止し、最悪の事態(核戦争)は回避されたとしても、どれほどの犠牲者が出るか? その損害が利益を上回ることがあり得るだろうか?

私は、ありえないと予想するだろうと予想する。すなわち、トランプにとって台湾戦争への全面参戦は損になる行為だ。よってアメリカは積極的干渉を控えると見ている。ウクライナに対して現在やっているのと同じように、武器供与とか経済協力とか、中国に対する経済封鎖とか、そういう干渉はするだろう。

だが、アメリカ軍を直接動員しての戦争は決断しない可能性が高いと見ている。

この予想は私だけのものではない。他の人々も同じように予想する人は多いだろう。当然、中国も同じ予想をするはずだ。少なくとも、トランプとトランプ以外であればどちらのほうが台湾への介入が消極的になりやすいかという問いであれば、ほぼ100%の人が「トランプ」と答えるのではないか?

ならば中国が戦争を決断するタイミングは、トランプの大統領在任中である可能性が高いことになる。

次に、第三の理由だが、2028年にはアメリカ大統領選挙がある。中国は、次のアメリカ大統領にもトランプ的な人間を求めるだろう。では、中国は大統領選挙に対してどのような影響が与えられるだろうか?

普通に考えて、アメリカ人も中国との全面戦争などは望まないだろう。可能性として台湾有事が起こり得ると言うだけでも、できればあんまり本格的には介入したくない、と思うのが人情である。

では、可能性ではなく、実際にその時点で台湾で戦争が起きていたとすればどうだろうか? トランプの方針として消極的介入にとどめている状況で、候補者が「積極介入派(参戦派)」と「消極介入派(現状維持派)」だとしたら、どちらのほうが当選確率が高まるか?

そりゃあ消極介入派だろう。そうに決まっている。私はそう予想する。ということは、中国が台湾で戦争を起こすこと自体が、さらなる4年間のアメリカの消極的介入期間を生み出す可能性を高めることになる。

第四の理由として、2028年には台湾からの技術投資がある程度の段階に達する見通しらしい、というものもある。現在のアメリカは台湾に半導体を依存しているようだが、その脱却のために台湾からの投資を受けている。これが2028年にはある程度の段階に達し、アメリカにとっての台湾の必要性が薄れる、という事情もあるようだ。

これが私の推測である。

さて、では日本はこの件に関してどのような態度・対応を取るべきかといえば、割と多くの人が指摘しているように、「態度を曖昧にして外交的解決を計る」というのが現実的対処法だと見ている。

現在の日本は、さほど強い国ではない。中国と単独で全面戦争ができる状態ではないし、そのような状態になれる見込みはない。わざわざ自分の方からケンカを買いに行くような姿勢は迂闊としかいいようがない。

細かいことまで追求しないが、絶対に守らなければならない方針は、アメリカ無しでの戦争は避けることである。台湾防衛に参戦する道を全否定はしないが、その場合は、必ず「アメリカの参戦を確認してから」にするべきである。

アメリカすら世界の警察をするのに疲れている時代に、日本ごときが同じ事をしようと思ってはいけない。

6,天皇制について

私は女性天皇、女系天皇共に認めるべきだと考えている。現代人の多くは女性だから天皇になれないだとか、父が天皇ではないから天皇になれないだとかいう制度を好まないだろう。

私は天皇制そのものについては、否定的ではない。ただし、天皇家が受け入れてくれている限りにおいて、という条件付きだ。現在の天皇家は人権上問題のある扱いを受けている。本人たちがもう嫌だと、もう完全にただの人間として扱ってくれというのなら、それを汲むべきだと思う。

が、正直なところ、天皇家には象徴を続けてもらったほうが国家としてはありがたい。天皇家の維持費などが問題になることはあるが、それは大した問題ではない。どのみち天皇制を廃止したならば、代わりに大統領を選出することになり、大統領選挙の費用や、大統領の維持費がかかるようになるだけである。

それとも、天皇制廃止論者は大統領を選ばないつもりだろうか? すると、首相が最高権力者と最高権威者を兼ねることになるが、それでいいのだろうか? 私は最高権力者と最高権威者は別々にいたほうがいいと思っている。日本は実際ずっとそうだった。だから内乱が起きても、最高権威者(帝)の意向のもとに、まとまり直すことが出来た。

権力者だけをすげ替えてまた安定した統治に戻れるほうが、国家としては都合がいいと考えている。

今後日本が天皇を必要とする時代が来るかはわからない。来ないでほしい。だが来るかもしれない。来てしまうかもしれない。その時でも、天皇に権威さえ残っていれば、人々は再びその旗のもとに結集して再起を図れるだろう。

そこで必要になるのは権威である。人々の持つ、無条件の、素朴な、なんとなくの特に理由のない愛着、それが維持されていなければ天皇の権威が失われてしまう。

皇室典範という適当なルールによって女性が排除されているからというそれだけの理由で、実子が天皇の位を継げないのだとすれば、人々の天皇家への愛着は薄れていくだろう。

人々はルールに愛着があるのではない。権威ある人の子供さんということで、愛着を持つのである。

なんかよくわからないけど国民の大多数が無条件に敬意を払ってくれるなどという希少な存在を失うことは、国家にとっては大きな損失となるだろう。

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