2026年8月20日木曜日

自作ライトノベルの二巻が発売されました。

半年前に第一巻が発売された『エリスの絵日記』ですが、第二巻が出ました。

https://lightnovel.kisaragi-planning.com/novel/eris_s_picture_diary_2/

いやぁ、これに続巻があると思った人はいなかったんじゃないでしょうか。私も驚きです。依頼があった時、「え? ほんとに?」って、編集者に確認とったくらいです。

なかなかに難しい仕事となりました。主に、自分の内面との調整に手間取りました。

読者を裏切らないこと


私はこれまで同人ゲームをいくつか作ってきました。販売したものもあります(現在は販売停止中)。

かなりマニアックで、ほとんどやる人がいなそうな、流行らなそうなものを作っていました。人気が出ないのは分かったうえで、作りました。

しかしそれでも、心がけていたことがあります。

それは「プレイヤーの期待を裏切らないこと」です。

「プレイヤーの望みを叶えてあげる」という意味ではありません。「プレイヤーの需要に応える」ことは考えていません。そんな事を考えているのなら、そもそも、もっと人気が出そうなゲームを作ります。

では、この時の「期待を裏切らない」とはどういう意味か?

それは、「このゲームはこういう作品なんだろう。こういう風にプレイヤーに遊んでもらうつもりなんだろう」という認識を裏切らない、ということです。

アクションホラーゲームをしたくて買ったのに、なぜか突然ボタン連打や、表示されたボタンの早押しを求められるとか。

アクションハンティングゲームのつもりで買ったのに、飛び回る敵が降りてくるのを待たなければいけなかったりとか。

リアルな戦術SLGをやってるはずなのに、突然目の前に敵がワープしてくるのを迎え撃つことになったりとか。

「ユーザーの多くはそれを求めて買うわけじゃないだろう」というような要素は、入れないようにしました。私は誰かが言っていた「ゲームは、余分なものがなくなった時が完成だ」という思想に共感します。

「このゲームはこういうゲームなんだ」、「これを楽しんでもらうためのものなんだ」ということは最初に決めて、決してそれに反する要素は入れないようにしたのです。

言い換えれば、整合性を維持すること。ゲーム全体を調和させること。ツギハギのフランケンシュタインにはしない。それが私のポリシーでした。私が多人数制作をしなかったこと、厳密には、みんなで意見を出し合ってゲームを作るという形を避けたのも、そういう理由です。

つまり、ユーザーに「こういうゲームだと思ってたのに、なんだ違ったのか」というがっかり感は抱かせたくなかったのです。「そういうゲームだと思ってたけど、やっぱクソゲーだな!」って言われるのは別にいいんです。それは、ユーザーの期待を裏切ったことにはなりません。

さて、これは私の本質的な性格によるものです。ゲーム制作者としてのプロモーションとして自分に課したものではありません。

だから必然的に、小説を書くときでも同じ態度になるわけです。しかし、ここで問題が出てきます。

エ日記の第一巻の部分は小説投稿サイトに、個人的に掲載したものです。それは私が好き勝手に書けばいい。私はそういうのが好きだからそういう物を書いた。それだけ。

しかし、第二巻は依頼を受けて書くことになります。同じように、ただ自分の好きなものを書いていいのか? 出版社からはなにも言われていない。「言われなくても、そのくらい分かるよね?」という意味なのか、完全にこちらに任されているのか。そこは、確認していない。確認をとったとしても、本心を聞かせてくれる保証もない。

そこで私はしばし悩んだものの、方向性を決めました。

余計なことは考えないこと。一巻を書いたときと同じ精神で書き切ること。

明らかに、ライトノベルの流行には反している。真っ向から衝突していると言ってもいい。だが、もしその方向性が気に入らないなら、そもそも私に依頼をしないだろうし、一巻だって発売されてないはずだ。

だから、出版社の営業上の問題は生じるだろうけれども、それでも私は自分のやり方を貫くほうが良いと、そう判断しました。

だから、第二巻は第一巻と同じような雰囲気で進みます。「これは本当にライトノベルなのか?」「ラノベってこういうのだっけ?」みたいな感じで。

そうしなければ、第一巻の読者の期待を裏切ることになる。「あれ? こういう作品だったっけ?」と。

これが私にとっての、「読者を裏切らないこと」です。

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