2017年11月30日木曜日

将棋の棋譜の著作権は保護されていないが、本当にそれでいいのか

将棋には棋譜というものがある。対局者達の指し手を記録した符号集のことだ。▲76歩、△34歩、▲26歩、△84歩とかそういうやつ。

昔から議論があるようなのだが、一般的な解釈としては、棋譜の著作権は保護されないものだと考えられている。つまり、複製や公開が自由とされている。

先日、朝日新聞社主催の対局の棋譜をリアルタイムでYoutubeで再現し放送していた人が、朝日新聞から放送の停止を求められた。これは、対局に関わる独占的放送権を根拠としたものなので、棋譜の著作権問題とは直結しない。

が、この問題の時に、ある弁護士が棋譜は著作物ではないと主張していた。今回扱うのはそちら側。棋譜は本当に著作物ではないのかどうか。著作権を守らなくてよいのかどうか、と言う話を語ってみる。

2017年11月27日月曜日

人工知能は人間を滅ぼそうとするだろうか

ニコニコニュースで、こういう記事が紹介されていた。ホーキング博士「人類の残り時間はあと100年」…北朝鮮の核脅威で900年短縮か

AIによる反乱というのはSFでもたくさん取り上げられている。それが現実のものとなる時代が目前に迫っているのかも知れない。

現代に生きる優れた頭脳までがそれを危惧しているというのなら、確かにそういう恐れもあるのだろう。私は自分がホーキングのようなマジモンの天才に勝るとまでは思っていない。だから、この記事の主張が全て間違っていると言うつもりはない。

が、私個人の展望としては、仮にAIが反乱を起こし、人間と利害が反目して争うことになったとしても、人間さえ望まなければ人類を滅亡させようとまではしないだろうと考えている。

2017年11月26日日曜日

将棋ソフトを超える難しさと、将棋ソフトに追いつく可能性(2)

今年の竜王戦第四局で羽生棋聖が見せた88金という手が、ソフトを超えていたと言えるのかどうか。それについて考えてみる記事、第2回。

前回の記事は将棋ソフトを超える難しさと、将棋ソフトに追いつく可能性(1)にあるので、先にそちらを読んでみてほしい。

2017年11月25日土曜日

将棋ソフトを超える難しさと、将棋ソフトに追いつく可能性(1)

竜王戦第四局は、無事に羽生棋聖が勝利してくれた。これで3勝。あと1勝で永世竜王となる。

頭のおかしい、漫画のような業績を応援したい気持ちもあるし、昨年に謀略を尽くしたあげく、反省する様子すらない渡辺明が表舞台から降りてくれることを望む気持ちもある。今年については、俄然棋聖を応援したい。

さて、今回は将棋ソフトの話を続けよう。前回は将棋ソフトの発展と、人間の可能性についてで書いた。

私はソフトを軽んじたり、未だにプロ棋士の方が強いだとか言っている人間を見ると呆れかえってしまう。頭悪いんだなーと思ってしまうわけだが、だからといってプロ棋士の成長を軽んずるつもりもない。

プロ棋士を応援したいあまり、実力の違いから目を背ける姿は醜い、と言うだけのことだ。時に、ある手を見てソフトを超えたという主張がされたりもするが、的外れも甚だしいことがある。

だが、昨日の竜王戦第四局では、確かにソフトを上回ったかも知れないと思える一幕があった。今回はそれについて。

2017年11月22日水曜日

年功序列とは、前時代的ゆとり教育に他ならない

ゆとり教育が非難されている場面をよく見かける。常識外れの変なことをする若い人を「ゆとり」と呼んだりもする。

私はどちらかというとゆとり教育に対しては寛容で、必ずしも悪い物だとは考えていない。よく引き合いに出される学力の低下に関しても、理科の成績だけは上昇を続けている。ゆとり教育のせいで学力が低下したことを断定する資料は見たことがない。

が、ゆとり教育に問題がないと思っているわけでもない。例えば、学校の徒競走で順位を付けないという話を聞いたことがある。勝ち負けを決めるのはよくないから、手を繋いでゴールするというのだ。

こういうのはよくない。が、日本において長く続いている年功序列というのは、年齢順にお手々繋いでゴールする思想という点において、前時代的ゆとり教育に他ならない。

2017年11月18日土曜日

逆方向を向いた人間の理想が見える、『ニート地球を守る』

私が思い描いた人間の理想は、ソクラテスのような姿だ。人間が皆ソクラテスのようになれば、きっと世界はよい世界になるだろう。私が歴史上最も尊敬する人物も、ソクラテスだ。

さて、しかし人間の発想というのは柔軟なもので、私が考えていたのとは全く逆方向にも、人間の理想の姿が隠れているんだなぁと感じた物語がある。それが『ニート地球を守る』だ。

この作品はやる夫系のAAスレで書かれた物語で、登場人物はAAで表現されたアニメキャラになる。こういう作品を見たことがない人は違和感を覚えるかも知れないが、なかなか面白い作品があったりする。

今回はこの物語についてちょっと語ってみよう。

2017年11月15日水曜日

論理的にルールを強制することの限界

よほどの変な人でもなければ、あえて好んでルールを破ろうとはしないだろう。ルールを破ること自体に楽しみを見いだす人もいるようだが、そういうのはかなりの少数派だ。

多くの場合人々は一応不都合のない範囲ではルールに従うものだし、ルールを守らせようともする。そのとき、ルールに従わなければならない理由を持ち出すのだが、これには限界がある。

最終的には、ルールを守らなければならない論理的な理由はないし、ルールを守らせるルールるも存在しないことになる。

2017年11月11日土曜日

後継人事の難しさと奇跡的成功例

人事というのは難しい。人の資質を見抜く資質が必要とされる。が、たいていの人間にそんなものは備わっていない。

私は能力主義者だから、能力主義と成果主義の違い。なぜ人は人を正しく評価できないのかという考え方をしている。何より難しいのは、優れた人間を見抜くことだ。

それはとても難しいことであるため、能力主義を徹底することはできない。

が、歴史上は、それが実現する場合がある。今回は、そういうレアケースを語ってみよう。

2017年11月7日火曜日

DOTA2、低レート向けサポートヒーローの選び方

私のDOTA2レートは1100だから、かなりの初心者だ。相当へたくそな部類と言っていいだろう。が、このくらいのレートの人というのはかなり多い。きっと、私と同レベルの人もたくさんいるだろう。

そういう人たち向けに、勝ちやすいサポートヒーローの傾向について語ってみたい。どうしてそれで勝てるのかとか、どういうのが向いてるのかとかは、DOTAのうまさとは無関係なので、私が語っても問題ないだろう。

2017年11月3日金曜日

統計に注意-記事一覧

私は常々、世の中での統計データの扱いに呆れかえっている。

人々は統計データに触れても、そこから正しい情報を引き出そうとはしていない。恣意的に、自分の見たいものを見るために間違った解釈をする。

統計的な資料に触れる機会は多くなってきているだろう。それはいいことだ。しかし、その統計資料をどう扱い、どう解釈すればいいのかが分からない人が多いようなので、そういう人たち向けに、統計的な思考を語ってみた。

これは、それらの記事に対するリンク集だ。あっちこっち分散していると分かりづらそうなので、一応こういうものも用意してみた。

参考にしてもらえたら光栄だ。

統計に注意-成功例と失敗例の比較の仕方

世の中ではよく、「成功者はこういうことをしている」といった紹介がされる。さぁ皆さんも成功者のマインドから学びましょう、というわけだ。

しかしこれらの記事ではまともな比較はされない。ただ、成功者に見られる傾向を語るだけで、その傾向に見られる傾向まで扱うことはない。

統計データを扱い、そこから有益な情報を取り出す際には、このやり方では稚拙すぎる。もうちょっと内容を確認してみないといけない。