2017年9月30日土曜日

仕事を辞めたときの話(3)

私の昔話シリーズ、その3。その2仕事を辞めたときの話(2)

ニートが長いけど、いくつかこういう経験もあったりする。

2017年9月29日金曜日

仕事を辞めたときの話(2)

私がいくつか経験してきた、仕事を辞めたときの話の続きだ。前回の記事は仕事を辞めたときの話(1)を読んでほしい。

2017年9月28日木曜日

仕事を辞めたときの話(1)

私は基本的にニートだが、何度か働いたことがある。

先日、ランサーズのライター業務で初めて、依頼の途中で仕事の終了をお願いした。相手に非があったわけではない。あるとすればこちらにあるのだろう。

ただ、書くもの書くもの手直しされて、原形をとどめないこともあったりすると、私はいったい何のために作業をしているのだろうかと悩んでしまった。

別に、クライアントが勝手に修正してくれるわけであって、私の負担は変わらないし、何も言われていないのだから気にしなければいいという考え方もあるかも知れない。

が、気になるものは仕方がない。一応生活費の足しにはなるとは言え、そこまできっちりビジネスとしてやってるわけでもない。半分くらい趣味だから、お金さえ予定通りもらえればそれでいい、というわけにもいかないんだ。

ふと、以前にやっていた仕事を辞めたときのことを思い出したので、ちょっとそのときの話を書いてみようかと思う。

2017年9月27日水曜日

World of Tanksの話。Noobのせいで成績が落ちる? とんでもない

最近ゲームの話が続いてるけど、やっぱり書きやすいので仕方がない。今回は、ゲーム一般の話題ではなく、WoTについて。

WoT1チーム15人で対戦する戦車ゲーム。当然のごとく、すさまじくうまい人もいれば、操作自体おぼつかないような初心者もいる。

難しいゲームなので、初めのうちは下手でもどうしようもないが、数千戦する頃にはある程度上達するのが普通とされている。

が、そこまでいってもへったくそなままの人をNoobと呼ぶのだが、これらNoobのせいで自分たちの成績が落ちると考えている人が大勢いる。

それは違う。Noobさん達は我々の成績を上げてくれるありがたい存在であって、下げるだなんて誤解も甚だしい。

2017年9月26日火曜日

訓練の効率化。ゲーム上達のための基本方針(4)

ゲームがうまくなるための基本方針もこれで4記事目。そろそろ、この話題も終わりだろうか。

今回は、うまくなりたいと思ってはいるものの、他のプレイヤーに追いつくことができずにへこんでいる人向けの記事だ。

2017年9月25日月曜日

訓練の効率化。ゲーム上達のための基本方針(3)

ゲームで上達するにはどういう方向性がいいのか、と言う話の第3回。

今回は、他の人のプレイを参考にするときの心構えについて語ってみる。

2017年9月24日日曜日

ニートが働くと失業率が低下するからくり

世の中ではニートは目の敵にされている。気持ちは分からないではない。別に、私を労れとは言わない。

だが、ニートのせいで失業率が下がらないと言っている人たちは目を覚ました方がいい。別に、ニートが働いたからといって失業率は変わらない。

いや、実は確かに失業率が下がるんだが、それはちょっと間接的な意味合いになる。

2017年9月23日土曜日

保証のない世界。確実なものなどこの世に存在しない

「世の中すべて分かってる系」にならないための特効薬で、私は「矛盾しない全ての可能性を認める」と書いた。

しかし、どんな可能性でも認めるとなれば、私はいったいどうやって行動すればいいのかと、疑問に思う人がいるかも知れない。

買い物に出かければ車にはねられるかも知れない。通り魔に襲われるかも知れない。ご飯を食べれば食中毒になる可能性もあるし、青酸カリが入っていないとも言い切れない。寝てる間に放火されない保証がどこにあるだろう?

すると私は核シェルターの無菌室にでも籠もっていなければならないという考えもありそうなんだが、それは全然違う。むしろ、話は全く逆になる。

2017年9月22日金曜日

学歴社会の本質。人は学歴に何を期待し、学歴は何を保証するか

世の中では、学歴論争は盛んだ。

学歴によって人の能力が保証されるとか制限されるとか、だいたいどのくらいの能力かが判断できると考える人は多い。

実際のところ、学歴が保証するのは何なのか。なぜ世間では学歴が重視され、それを重視することに、どんな価値があるのか。

ただし今回、私個人については触れない。中卒で相対性理論の議論をする人は普通はいない。学歴にかかわらず、ほとんどの人はそういう議論はできない。

そこで私という一例から学歴の意味を考えるというのは、特殊な例から一般性を引き出すような不用心さを感じるからやらない。

2017年9月21日木曜日

誰にも政治を任せないために。権力分散のための投票戦略

そろそろ衆議院が解散すると言われている。また選挙シーズンがやってくるのだろう。

さて、選挙に行かない人は多い。その人達の一般的意見は、「政治を任せたい人がいないから投票しない」だ。

私はこれはおかしいと思っている。政治を任せたい人がいないと言うことは、誰にも政治を任せたくないという事じゃないんだろうか? ならばどうして、誰にも政治を任せないですむように投票しないのだろう。

今回は、私のここ10年ほどの基本方針である、権力分散のための投票戦略を解説する。

2017年9月20日水曜日

訓練の効率化。ゲーム上達のための基本方針(2)

ゲームを上達するためにはどうやって練習したらいいか。効率的な訓練方法。ゲーム上達のための基本方針(1)の続きとなる。

初心者は初心者らしく、わかりやすく簡単なものから始め、楽しみながら続けるのがよいという話をした。

最初からたくさんのことを、一度に覚えようとはしない方がいいと語ったわけだが、ではたくさんのことを覚えることには意味が無いのだろうか?

そんなはずはない。

2017年9月19日火曜日

訓練の効率化。ゲーム上達のための基本方針(1)

私はゲーマーだ。小学生の頃からファミコンをやり、今までにやったことのあるゲームは数え切れない。

だが、あんまりうまくはない。特に、アクションゲームはかなり苦手だ。シミュレーションゲームであれば、Victoriaの輸入禁止だとか、Steel Panthers World at Warでの対人戦など、難しめのこともこなしてきたが、アクションとなるとさっぱりになる。

だが、それでも少しずつは上達したし、多少の活躍の経験もある。

そこで、ゲームで上達するためにはどうしたらいいのかという、基本的な方向性について語ってみたい。

2017年9月18日月曜日

関心のある振りをする人々。いい人ぶりたいのか、他人の悪口を言いたいのか

世の中では様々な事件が起きる。それに対して口々に非難が述べられ、罵倒し、怒りがぶつけられる。死刑にすべきだとか、死んでしまえだとか、相当ご立腹のように思われる。

だが、彼らは何もしない。テレビに対して、ネット上のコメント受付機能に対して、言いたいことを言ってしまえば満足するのか、社会活動に結びつく人はほとんどいない。

なぜなのか? どうして、何もしようという気にならない程度にしか関心がないのに、関心がある振りをするのか。

2017年9月17日日曜日

名前しか連呼できない選挙カーの陰謀。誰が得をするのか

選挙シーズンになると、周辺を走り回り、騒音という公害をまき散らす害悪。選挙のためならばある程度我慢するという人でも、ただ候補者の名前を連呼するだけでは、いらだちが募るばかりだろう。

今回の記事は、陰謀論とも言える。私は基本的に陰謀論などというものには耳を貸さない方だが、時にこのようなことも考えてしまう。あの選挙カーは確かに、候補者を当選させるために役立っているのではないかと。

どうしてそうなるのか、語ってみよう。

2017年9月16日土曜日

光速度不変とは何か。その意味と不気味さ、アインシュタインを驚かせたもの(2)

速度というものは、ある二つの間の関係であることを述べた。さて、それが光速度不変とどう関係するのか、話を進めよう。

そして、光とはまるで幽霊か何かのような不気味さを感じてもらえたら幸いだ。


2017年9月15日金曜日

光速度不変とは何か。その意味と不気味さ、アインシュタインを驚かせたもの(1)

相対性理論について学ぼうと思えば、避けて通れないのが光速度不変。相対性理論はまずここから出発するものなので、当然そうなる。

これについては、様々な解説書があると思うんだが、どれもこれもいまいち分かりづらい。何よりも、不変の速度を持つということがどういう意味なのか、わかりやすく解説していたものは読んだことがない。

そこで、光速度不変が何を意味するか、光というものがどれだけ奇妙な存在なのか、解説してみよう。

2017年9月14日木曜日

クラウドソーシングにおけるライターの報酬安すぎ問題について(2)


クラウドソーシングでのライティングの報酬が安いため、人によってはこういった仕事を規制するべきだということもある。それによってライターの収入を保障するべきだと。

とはいえ、私としてはそのような規制をしても仕事の総量が減るだけで、ライターが儲かるようになるわけではないと思うし、実際のところ現状はそれほど悪い状態ではないと思っている。

2017年9月13日水曜日

クラウドソーシングにおけるライターの報酬安すぎ問題について(1)

クラウドソーシングの闇は深い。どのくらい深いのかは分からないが、そのうちの一つがDeNAのキュレーション問題として露呈した。

が、クラウドソーシングの闇はそれ一つでもないようだ。たとえば、ライターの報酬が安すぎると言うことはそこかしこで取り上げられている。しかし、こっちについては私はあまり問題にしていない。別に、これはこれで、と思っている。

というわけで、一年ちょっとクラウドソーシングでライティングをしてみた人間として、この問題を扱ってみたい。

2017年9月12日火曜日

将棋の話。今度の竜王戦は楽しみだな

私は将棋をする。ただし、人と対局したことはない。昔、家族とやったのを除けば。

私が戦法とかをまじめに覚えるようになったのは、二年ほど前だろうか。フリーの将棋ソフトをもらってきたのが最初だった。

今回はちょっとばかり、趣味の話をしてみよう。

2017年9月11日月曜日

論理学-すべての学問、思考、議論の基礎として

これから紹介する本は、非常におすすめだ。紹介などするくらいだから、そりゃお勧めなんだろうという、当たり前の意味を超えておすすめだ。

これまで、私が他者にお勧めした回数が最も多い本だ。しかし残念ながら、ただの一人も「じゃあ、読んでみるよ」とは言ってくれなかった。

ま、まぁ、難しい本だし、読むの大変だから仕方ない。でも、ものを学んだり考えたり、人と言い争いなどをしたいなら、このくらい読めないようで話しにならないと思うんだけども。

2017年9月10日日曜日

素朴な疑問と予想。どうしてアフィブログの背景はみんな真っ白なのか

私がこのブログを始める前、ブログの作り方とか、アフィリエイトの始め方とか、いろいろと調べてみた。その時から一つ気になっていることがあった。なぜみんな背景が白いのか。

そりゃまぁ、それは見やすい配色だからと言うのは分かる。しかし、そこまで100%の割合で一緒じゃなくたってよくない? しかし、自分でブログを始めてみて、気づいたことがある。もしかすると、アフィブログの背景は白じゃないとダメなのかも知れない。

2017年9月9日土曜日

寿司のシャリ抜き論争。自分にとってのあたりまえを、他人にも押しつけたがる心理

私は自分の流儀を他人に押しつけることが嫌いだ。

今回は、たびたび問題になる、寿司の食べ方を取り上げよう。ネタ部分だけを食べて米を残す人たちがいる。これがしょっちゅう非難されているのだが、私はこの非難は筋が通らないと思っている。

そしてこれらの問題は最終的に「こうしてほしい」を「こうするべき」にすり替えてしまう心理に繋がるというのが、私の見立てだ。

2017年9月8日金曜日

質問に質問で返すなという詭弁。人にものを尋ねるなら、まずてめえが先に答えろよ

よく言われることだが、「質問に質問で返してはいけない」というのがまかり通っている。だが、こんな考え方はおかしい。

このような主張を認めてしまっては大変なことになる。話し合いというものを公正に行うならば、質問に質問で返すことは当然のことと見なさなければならない。

2017年9月7日木曜日

ニートが陥りやすい悩み。生まれた意味とか理由とか・・・そういう無駄なことについて(2)

生まれた意味があったとしても、それには意味がない。ならば、どうして生まれた意味などを求める必要があるのだろうか。

そもそも、なぜ人はそういうものを求めてしまうのだろうか。


2017年9月6日水曜日

ニートが陥りやすい悩み。生まれた意味とか理由とか・・・そういう無駄なことについて(1)

これは別に、ニートに限定した話ではない。人々は人生論的な悩みを抱えてしまいがちだ。ニートが特別陥りやすいのは、単純に、悩みの種がほかより多いからだろう。

私はもう、そういった悩みとは無縁だけれども、最初からそうだったわけではない。おそらく、そういう悩みの経歴や、経験では、私はほとんどの人の大先輩に当たる。だから私から、少しばかり心得を手ほどきしてあげようと思う。

2017年9月5日火曜日

「こうしてほしい」を「こうするべき」にすり替えてしまう心理

世の中の至る所で見かける典型パターンの一つに、希望を義務にすり替えるというものがある。

「こうすればよかったのに」を「こうするべきだった」と語る場面なら、日に一度くらい見かけられるんじゃないだろうか。

なぜ人は、自分の個人的希望を、社会全体の義務であるかのように語ろうとするのだろうか。

2017年9月4日月曜日

経験のない人間は口を出すなと言う詭弁

世の中では「経験のない人間は口を出すな」という主張が幅をきかせている。多くの人が、この言葉に説得力があると思い、正しい意見のように感じているようだ。

だが、こんなものはばかばかしい言い分であり、口を出すのにいちいち経験など必要とはしない。そうでなかったら大変なことになってしまう、ということを語ってみよう。

2017年9月3日日曜日

ヒステリックな著作権(2)


昔はおおらかだった著作権の扱いが、今では一般の人々にヒステリーを起こさせるまでになっている。それは何故なのか。どうしてこうなってしまったのか。

2017年9月2日土曜日

社会を構成する力としての承認欲求

人に認めてもらいたい、というのが承認欲求だ。これはたいてい誰にでもあるし、その思いはとても強い。

人々が何かをなすのは、なすことそのものよりも、それによって賞賛され、評価されることの方を望んでいるのが普通だ。

人々は承認欲求を満たすためにこそ活動するのであり、承認欲求の満たされ具合をコントロールするのが社会制度の本質と言ってもいいくらいだ。